こんな光景を見たことはないだろうか。
上司がすべてのことを把握し、すべてのことに決定を下す。
業務の細部まで目を配り、
最終判断は必ず上司が行う。
一見すると、現場をよく見ている優秀な上司に映る。
責任感が強く、頼りになる存在にも見える。
だが、本当にそうだろうか。
実際問題、すべてのことを把握することなど不可能だ。
現場の状況を最もよく知っているのは、常に現場にいる人間だ。
それでも上司がすべてを決めているということは、現場に判断をさせていないということに他ならない。
それは「自分がやった方が早い」という思い込みであり、裏を返せば、現場を信用していないという宣言でもある。
判断を任されない。
決定権も与えられない。
そのような組織では、人は育たない。
結果として、
上司は疲弊し、
現場は考えなくなり、
組織は静かに弱っていく。
上司が最も忙しい職場は、強いのではない。
判断を集中させすぎた結果、静かに衰退していくだけだ。
忙しさが「優秀さ」に見えてしまう職場
上司が業務の細部まで把握し、最終判断をすべて行っている職場は存在する。
現場で起きたことは上司に報告され、上司が判断し、上司が指示を出す。
この流れが日常化している組織では、
上司は
「現場をよく見ている」
「責任感が強い」
と評価されやすい。
だが実際に起きているのは、承認待ちの増加だ。
判断は遅れ、現場は「聞く」「待つ」行動に固定される。
上司が不在のとき、業務は止まる。
それでも、忙しく動き回る上司の姿は「優秀さ」や「組織に必要な存在」として正当化される。
表面的には機能しているように見えるこの構造には、見えにくい停滞が含まれている。
判断を集めた瞬間、組織は学習をやめる
上司がすべてを決める状態は、判断権限の設計が機能していないことを示している。
現場に最も近い情報は現場にしか存在しない。
それにもかかわらず、判断を上司に集中させ、情報と権限の所在が一致していない。
この不一致は、上司の「自分がやった方が早い」という認識によって維持される。
だがこの認識には、現場への不信が含まれている。
現場に任せれば
時間がかかる、
ミスが起きる、
結果が不安定になる。
そうした前提が、判断を自分に集める行動を合理化している。
しかし、すべてを把握することは事実上不可能だ。
上司が持てる情報量には限界があり、判断の速度にも限界がある。
それでも判断を集中させ続けることは、責任を引き受けているのではなく、責任の所在を曖昧にしているだけだ。
現場に判断をさせないことは、現場に責任を持たせないことと同義である。
権限を与えられない現場は、考える力を失う。
結果として、組織全体の判断能力は低下し、上司への依存だけが強化される。
気づかれないまま進む組織の死
上司は疲弊する。
次第に視野は狭くなり、細部への対応に追われるようになる。
現場は考えなくなる。
提案は減り、「言われた通りやっただけ」という姿勢が定着する。
組織としての判断速度は落ち、対応力は低下する。
業務は属人化し、引き継ぎは困難になる。
それでも表面上は回っているように見える。
改善は止まり、人は育たず、問題は蓄積される。
最終的に組織は「突然ダメになった」ように見える。
だが、実際にはずっと前から弱っている。
上司が最も忙しい職場は、強さの証ではない。
今日の一文
『上司が忙しいのは、組織が考えることをやめた証拠だ』
コメント