「優秀な人から辞めていく」
これはよく聞く言葉だ。
そして、事実でもある。
なぜ、その様なことが起こるのか?
答えは単純だが、誤解されやすい。
優秀な人とは、単に仕事が速い人ではない。
問題に気づき、考え、改善しようとする人だ。
そして、必要とあらば責任を引き受けてしまう人でもある。
だからこそ仕事が集まる。
努力しても認められない。
どれだけ結果を出しても評価されない。
給与も増えない。
増えるのは、仕事と責任だけだ。
優秀な人は、いきなり辞めない。
まず、改善しようとする。
意見を出し、提案し、やり方を変えようとする。
だが、それが通らない。
評価もされない。
変わらない現実を前にして、静かに理解する。
「ここでは、やらない方が得だ」と。
その瞬間から、心が離れる。
やがて、転職という選択肢を現実的に考え始める。
一方で、仕事を引き受けない人間は消耗しない。
責任も増えない。
評価も横並びなら、差はつかない。
その結果、転職できる優秀な人から去っていき、仕事をしない人間だけが残っていく。
そして、この循環は繰り返される。
評価が壊れた組織では、人は育たない。
気づいた人から去り、気づかない人だけが残る。
その様な組織は、静かに、確実に衰えていく。
優秀な人に仕事と責任が集まっていく現場
優秀な人は、問題に気づく。
気づいたら考える。
考えたら動く。
改善しようとする。
その結果、仕事が集まる。
判断を任される。
責任を引き受ける場面が増える。
しかし評価は横並びである。
給与も裁量も変わらない。
増えるのは仕事量と責任だけで、
見返りはない。
優秀な人は突然辞めるわけではない。
まず改善を試みる。
提案する。
意見を出す。
しかしそれが通らない現実を確認する。
- 評価も変わらない。
- 給与も変わらない。
- 何も変わらない。
そのとき、心が離れる。
転職という選択肢が現実味を帯び始める。
この現象は、多くの組織で観察される。
そして誤解される。
「優秀な人は我慢が足りない」
「すぐに辞める」と。
しかし実際には、
彼らは十分に待ち、
十分に試している。
ただ、待った結果が何もなかっただけである。
評価が壊れると、やらない方が得になる
この現象は構造から生まれる。
判断には責任が伴う。
責任を引き受けるには権限が必要である。
しかし多くの組織では、判断を求めながら権限を与えない。
責任だけが残る。
設計として、これは破綻している。
仕事を引き受ける人には負荷が集中し、引き受けない人には負荷がかからない。
評価が横並びであれば、引き受けない方が合理的である。
- 消耗しない。
- 責任も増えない。
- 不利にならない。
一方、仕事を引き受ける人は消耗する。
責任は増える。
しかし評価は変わらない。
給与も変わらない。
この非対称性が、構造上の欠陥である。
人は合理的に動く。
評価が壊れた組織では、やらない方が得になる。
これは個人の問題ではない。
設計の問題である。
評価が機能していれば、仕事を引き受ける人が報われる。
評価が壊れていれば、引き受けない人が守られる。
この構造が放置されると、組織は自ら優秀な人を追い出す装置になる。
意図せず、しかし確実に。
気づいた人から去り、組織は静かに劣化する
優秀な人は改善を諦める。
心を切り離す。
転職を現実的に考える。
そして転職できる人から去っていく。
残るのは、仕事を引き受けない人と、現状に適応した人である。
組織では人が育たなくなる。
問題に気づく人が減る。
同じ失敗が繰り返される。
この循環は偶然ではない。
一時的な現象でもない。
評価が壊れた組織で必ず起きる構造である。
組織の衰退は目立たない。
静かに進行する。
しかし確実に進行する。
気づいたときには、気づく人がもういない。
今日の一文
『評価の歪みが、職場を滅ぼす』
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