判断できる人ほど、現場から消える理由

補章

判断できる人は、現場で重宝される。

状況を整理し、優先順位をつけ、前に進められるからだ。

トラブルが起きれば呼ばれる。
迷いが出れば意見を求められる。
「とりあえずあの人に聞こう」と頼られる。

だが、その状況は本当に健全だろうか?

判断できる人に仕事が集まる職場では、判断できない人は何もしなくて済む。
確認を回し、指示を待ち、責任を避ける。

一方で、判断できる人はこうなる。

  • 決める。
  • 動かす。
  • 尻拭いをする。

にもかかわらず、

  • 責任だけが積み上がる。
  • 権限は増えない。
  • 評価も変わらない。

やがて気付く。

「自分がいなくても、この構造は変わらない」
「自分が頑張るほど、周りは何もしなくなる」

判断できる人は、会社を見限るのが早い。
問題を“人”ではなく“構造”として見ているからだ。

改善しようとすれば、煙たがられる。
変えようとすれば、止められる。
最後に残る選択肢は、離れることだけになる。

こうして現場から、本当に判断できる人ほど消えていく。

残るのは、決めない上司と、決められない組織。

判断できる人が去る会社は、偶然ではなく、必然として衰退する。

判断できる人に仕事が集まる現場

現場では、判断できる人が重宝される。

トラブルが起きたとき、
意思決定が必要なとき、
部署間の調整が求められるとき、
自然と特定の人に声がかかる。

周囲は
「あの人に聞けばいい」
「決められる人がいるから大丈夫」
という前提で動く。

その結果、
決める役割、
動かす役割、
尻拭いをする役割が
同じ人に集約される。

案件の最終確認、
クレーム対応、
納期調整、
方針決定。

すべてが一人の判断を経由して進む構造になっていく。

一見すると、この状態は効率的に見える。

意思決定が早く、
現場が回り、
安定しているように映る。

しかし実態として、負荷と責任は一方向に偏っている。

判断できる人がいることで組織は機能しているが、その機能は特定の個人に依存している。

判断が属人化する組織の仕組み

この現象は、個人の能力差ではなく、組織の設計によって生まれる。

判断する権限と、判断した結果の責任が、制度として明確に紐づけられていない現場では、判断できる人が自然と両方を引き受ける構造が出来上がる。

権限が曖昧な組織では、判断しない人は責任も負わずに済む。

「自分には決められない」と言えば、誰かが代わりに決めてくれる。

その誰かは、判断できる人である。

判断できる人は、放置すれば問題が大きくなることを理解しているため、自ら判断する。

この行動は合理的に見えるが、結果として判断しない人の責任回避を許容する構造を強化する。

組織がこの状態を放置するのは、短期的には機能しているからである。

判断できる人がいる限り、
業務は滞らず、
トラブルは収束し、
現場は回る。

判断の属人化は、表面上の安定と引き換えに、責任の偏りを固定化する。

判断する人が増えない理由も、ここにある。

判断しなくても業務が進むなら、リスクを負う必要はない。

判断する人がいる現場では、判断しない人が守られる設計が維持される。

判断できる人が現場を去る理由

判断できる人は、この構造の歪みに早く気付く。

責任が偏っていること、
改善の仕組みがないこと、
自分が去れば機能しなくなることを理解している。

同時に、この状態が変わる見込みも判断できる。

改善されないと分かれば、その人たちは無理に戦わない。

構造を個人の努力で変えることの困難さを知っているため、消耗する前に離脱する。

判断できる人ほど、合理的に現場を去る。

結果として、判断できる人から順に現場から消えていく。

残るのは、
判断できない人、
または判断しなくても済む人である。

組織は「優秀な人が辞めた」と嘆くが、その原因は去った人ではなく、残った構造にある。

今日の一文

『決められる人から、去って行く』

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