属人化を放置した会社は、引き継ぎで崩れる

構造

「引き継ぎをお願いします」

この一言が出た瞬間、職場がざわつくことはないだろうか。

誰がやるのか。
何をどこまで知っているのか。
そもそも、資料は残っているのか。

表向きは業務の引き継ぎ。
だが実際に始まるのは、“その人の頭の中”の掘り起こしだ。

手順書はない。

あっても形だけで、実際のやり方は違う。
トラブル対応は「その人に聞けば分かる」。
判断基準も、優先順位も、理由も共有されていない。

それでも日常業務は回っていた。
回ってしまっていた。

だから問題は見過ごされる。
属人化は「ベテランの強み」「現場力」と呼ばれ、放置される。

そして、異動・退職・休職。
避けられない変化が起きた瞬間、現場は止まる。

引き継ぎで崩れる会社は、引き継ぎが下手なのではない。
属人化という構造を、長年放置してきただけだ。

引き継ぎのたびに、現場が混乱する

引き継ぎが始まると、現場は一斉に不安定になる。

誰に聞けば正しい情報が得られるのか分からず、確認と質問が職場中を飛び交う。

手順書は存在する。

だが実際の業務を進めようとすると、記載された内容と現場の実態が一致していない。

結局、文書は参照されなくなる。

トラブルが発生したとき、判断が止まる。

誰が承認するのか、
どこまでが自分の権限なのか、
前任者ならどう対応したのか。

そうした情報が共有されていないため、業務が滞留する。

顧客対応は遅れ、
納期は迫り、
周囲がフォローに入る。

残業が増え、
手戻りが発生し、
本来不要だった確認作業に時間が奪われる。

引き継ぎは、形式上は完了している。
書類も揃っている。

それでも現場は混乱し続ける。

仕事が「人の頭の中」に閉じている

この混乱は、業務の構造そのものに起因している。

仕事を進めるために必要な判断は、文書化されていない。

どの情報を優先するのか、
どの段階で誰に確認を取るのか、
なぜその手順を踏むのか。

そうした設計が記録されておらず、個人の記憶として保持されている。

責任と権限の範囲も曖昧である。

何をどこまで自分で決めてよいのか、
どこから上司の承認が必要なのか。

明文化されたルールは存在せず、前任者の経験に基づく感覚だけが頼りになる。

引き継ぎ資料には、
「適宜判断」
「状況に応じて対応」
といった記述が並ぶが、その判断基準は示されない。

業務は回っている。

日常的には問題なく進行する。

その事実が、構造の脆さを覆い隠す。

属人化は「ベテランの強み」として評価され、「現場力」として称賛される。

長年その状態を放置しても、表面的には支障が出ない。

むしろ効率的に見える。

だが、その合理性は一人の人間が存在し続けることを前提としている。

業務の設計は、個人に依存する形で組まれている。

判断も、
責任も、
権限も、
すべてが特定の個人に紐づいている。

その人間がいなくなった瞬間、構造は機能しなくなる。

変化が起きた瞬間に、現場は崩れる

異動、退職、休職。

避けられない変化が訪れたとき、業務は停止する。

そのたびに「引き継ぎが不十分だった」という評価が繰り返される。

次の引き継ぎでは、より丁寧に、より詳細に説明しようとする。

だが問題は解消されない。

属人化はさらに強化される。

「あの人でなければ分からない」という状態が再生産され、組織は経験を蓄積できない。

判断の根拠も、
業務の設計思想も、
次の担当者には引き継がれない。

毎回ゼロから立て直すことになる。

問題は引き継ぎの技術ではない。

属人化を前提とした設計そのものが、会社を脆くしている。

今日の一文

『属人化は、仕事を引き継げなくする』

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