最近、職場がやけに静かだ。
- 誰も文句を言わない。
- 誰も意見を出さない。
- 会議も淡々と終わる。
一見すると、問題のない“落ち着いた職場”に見える。
だが、本当にそうだろうか?
かつては、改善案が出ていたはずだ。
無駄を指摘する声があったはずだ。
「もっと良くできる」と言う人間がいたはずだ。
その声は、どこへ消えたのか。
答えは単純だ。
消えたのではない。去ったのだ。
- 評価されない。
- 意見は通らない。
- 責任だけが増える。
そうした経験を積んだ人間は、二度と声を上げない。
改善もしない。
期待もしない。
ただ、言われたことだけをこなし、
余計なことはしない。
目立たず、波風を立てず、静かに働く。
そして、転職できる人から去っていく。
残った職場は静かだ。
だがそれは、安定ではない。
“諦めが支配”しているだけだ。
何も起こらない職場は、何も生まない。
変化も、成長も、改善もない。
静かな職場は、完成形ではない。
崩壊の最終段階だ。
静かになった職場
以前は、会議で意見が出ていた。
不満も表明され、方針をめぐる議論もあった。
それがいつの間にか消えている。
表面上、トラブルは減った。
波風が立たず、管理者にとって扱いやすい状態に見える。
静かな職場は、秩序が保たれているように映る。
しかし実際には、提案が出なくなっている。
改善の動きが起きない。
問題があっても表に出てこない。
誰も声を上げなくなった結果として、静けさが広がっている。
かつて存在した意見や議論は、解消されたのではない。
納得によって収まったわけでもない。
人が発言しなくなった結果、静かになっているだけである。
この静けさは、合意の産物ではない。
協調が成立した証でもない。
ただ、何も言われなくなった状態が続いているに過ぎない。
人が何も言わなくなる組織構造
人が発言しなくなるのは、構造の問題である。
組織には、判断を下す権限と、結果に対する責任が存在する。
その配置が適切でない場合、発言は無意味になる。
提案しても採用されない。
意見を述べても反映されない。
そうした経験が積み重なると、人は発言をやめる。
権限が集中し、責任の所在が曖昧な構造では、現場の声は届かない。
上位の判断が優先され、下位の意見は形式的に聞かれるだけで終わる。
このとき、発言する行為そのものが合理性を失う。
さらに、組織の設計が硬直している場合、変更を求める声は受け入れられない。
既存の枠組みを維持することが優先され、改善の余地は構造的に封じられる。
発言しても何も変わらない環境では、発言は労力の無駄と判断される。
加えて、発言にリスクが伴う構造も存在する。
意見を述べることで
評価が下がる、
関係が悪化する、
不利益を被る可能性がある場合、
合理的な選択は沈黙である。
こうした構造の下では、人が諦めるのは必然である。
能力の問題でも、やる気の問題でもない。
発言が機能しない設計が、静けさを生み出している。
静かな職場が迎える結末
静かな職場では、
- 問題が発見されない。
- 修正が起きない。
- 変化への対応が遅れる。
表面上は安定して見えても、内部では劣化が進行している。
問題は表に出ないまま蓄積され、気づいたときには手遅れになっている。
最も先に離れるのは、考える人である。
変えようとする人、転職できる人から順に職場を去る。
残されるのは、
諦めた人と、
去ることができない人である。
やがて組織は、思考が停止した状態になる。
新しい提案は生まれず、過去の方法が繰り返されるだけになる。
人材は流出し続け、内部は空洞化する。
静けさは、秩序ではない。
崩壊の最終段階である。
今日の一文
『静かさは、崩壊の証』
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