このような経験はないだろうか。
現場の担当者が変わった途端、
業務が回らなくなった。
技術が途絶えた。
残業が増えた。
様々な問題が発生したということはないだろうか。
これらは一見すると、個々人の知識、能力、技能等の技量の差によって起こった問題に見える。
なら話は簡単だ。
“前の担当者と比べて今の担当者の技量が劣っている”と結論づけたくなるだろう。
だが、それは間違いだ。
何故なら“個々人で技量の差が生じるのは当然”のことだからだ。
にもかかわらず、
「あいつは使えない」
「前の担当者はちゃんとやっていたのに」
と糾弾をする。
その様な組織は、人が入れ替わるたび、同じ問題を繰り返す。
担当者が変わると、現場が機能しなくなる
担当者交代をきっかけに業務が滞る現象を描写する。
- 作業が遅くなる。
- ミスが増える。
- 品質が不安定になる。
以前は問題なく回っていた仕事が急に回らなくなる。
結果として、
残業、
手戻り、
周囲のフォローが増える。
前任者のもとでは納期も品質も保たれていた業務が、担当者が替わった途端に遅延し始める。
同じ手順書を使い、
同じツールを使い、
同じ顧客を相手にしているにもかかわらず、
成果物の精度が下がり、
確認作業が増え、
修正が繰り返される。
周囲は新しい担当者をフォローするために時間を割き、本来の業務を中断する。
チーム全体の生産性が低下し、納期への不安が常態化する。
業務が、人の中に閉じている
この問題は、個々人の知識や能力、技量の差によって生じたものに見えやすい。
しかし、人によって技量に差があるのは本来当然のことである。
経験年数、
習熟度、
得意分野、
処理速度には個人差がある。
それ自体は否定されるべき事実ではない。
にもかかわらず問題が顕在化するのは、人の違いを吸収できない前提で現場が作られているからである。
判断の根拠が文書化されておらず、責任の所在が曖昧で、権限の範囲が明示されていない。
業務の設計が、特定の個人の判断力や経験に依存している。
その人がいなければ回らない構造が、あらかじめ組み込まれている。
合理性を欠いた設計は、担当者の交代によって露呈する。
前任者が暗黙のうちに補っていた判断、調整、リカバリーが失われ、業務は停滞する。
手順書には書かれていない前提、
記録されていない顧客との取り決め、
共有されていない過去のトラブル対応が、
すべて前任者の記憶の中にある。
新しい担当者は、それらを持たないまま現場に立つ。
この構造のもとでは、担当者が優秀であるほど、問題は見えにくくなる。
その人がすべてを補うからである。
人が替わるたび、同じ問題が再発する
担当者交代のたびに、同じ混乱が繰り返される。
その都度、
「前の人はできていた」
「今回はハズレだった」
という評価が生まれる。
問題の原因は解消されず、属人化だけが強化される。
組織は経験を蓄積できず、毎回ゼロから立て直すことになる。
前任者と同水準での遂行が前提として置かれる。
しかし、
前任者が何をどう判断していたのか、
どこに注意を払っていたのか、
どのように優先順位をつけていたのかは、
記録されていない。
新しい担当者は、
手探りで業務を覚え、
失敗を重ね、
周囲の不満を引き受ける。
問題は人ではない。
人が変わると回らなくなる現場は、最初から設計を誤っている。
今日の一文
『属人化は、仕事の設計を放棄した結果である』
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