情報伝達が下手な組織は負けている

現場

「聞いていない」
「そんな話は初めてだ」
「共有された覚えがない」

職場でこうした言葉が飛び交うことはないだろうか。

情報は出した。
メールも送った。
会議でも触れた。
資料も置いてある。

それでも、現場には伝わっていない。
多くの場合、伝わった“つもり”になっているだけだ。

多くの組織では、情報伝達を「出す側の仕事」だと考えている。
送ったのだから、読んだはず。
説明したのだから、理解したはず。
共有したのだから、動けるはずだ、と。

だが現実は違う。

情報は、出しただけでは届かない。
届いたとしても、意味が共有されなければ使われない。
背景や意図が分からなければ、判断には使えない。

その結果、現場ではこうなる。

  • 判断材料が足りない
  • 前提が分からない
  • 確認が増える
  • 動きが遅れる

これは現場の能力の問題ではない。
情報伝達の設計が壊れているだけだ。

情報が正しく流れない組織では、
判断が遅れ、
意思が分断され、
行動はバラバラになる。

そんな状態で、勝てるはずがない。

「伝えたはずなのに、動かない」現場

「聞いていない」「初めて聞いた」という発言が頻発する組織がある。

情報は、
メールとして送られ、
会議で説明され、
資料として配布されている。

形式上は出ている。

しかし現場では、
判断できない、
動けない、
確認が必要になる、
という状態が続く。

情報が存在しているにもかかわらず、実務に使われていない。

問題は、怠慢や理解力として認識されることが多い。

だが実際には、伝達の失敗として現れている。

出した側は「伝えた」と認識し、
受け取った側は「聞いていない」と答える。

この齟齬は、個人の能力ではなく、構造によって生じている。

「出した=伝わった」という思い込み

この現象が起きる理由は、伝達設計そのものにある。

「出した=伝わった」という思い込みが、組織の中に埋め込まれている。

メールを送る。
会議で説明する。
資料を配布する。

これらは情報を
「出す」行為であり、
「伝える」行為ではない。

伝えるとは、受け手が判断し、行動できる状態にすることを指す。

だが多くの組織では、出すことが目的化されている。

出した時点で、伝達は完了したと見なされる。

その結果、
受け手には前提が共有されず、
意図が見えず、
判断材料が揃わない状態で、
情報だけが届く。

この設計では、受け手は動けない。

動くためには、確認が必要になる。

確認が増えれば、判断は遅れる。

問題は、誰かの責任ではない。

伝達という行為が、出すことと伝わることを区別せずに設計されている。

権限を持つ者が情報を出し、現場がそれを受け取る。

この構造において、伝わったかどうかを検証する仕組みは存在しない。

検証されないまま、情報だけが流れ続ける。

合理性は、出す側にのみ存在する。

受け手が判断できるかどうかは、設計の外にある。

判断が遅れ、組織は分断されていく

判断材料が揃わず、確認と差し戻しが増える。

判断は遅れ、各部署、各人が独自解釈で動く。

組織内で意思が揃わない。

行動が噛み合わない。

結果として、
スピードで負ける。
手戻りが増える。
責任の所在が曖昧になる。

情報が流れない組織は、判断と行動の質で必ず負ける。

今日の一文

『情報伝達が下手な組織は、静かに崩壊する』

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