「例外は認めない」
一見すると、公平で秩序だった組織に聞こえる。
誰に対しても、何に対しても同じルールを適用する。
特別扱いはしない。
感情を挟まず、機械的に処理する。
それは一見、正しそうに見える。
だが、本当にそうだろうか。
実際の業務は、全てが想定通りに進むだろうか。
マニュアル通り、ルール通りに行うだけで、処理できるだろうか。
答えは明白だ。
現場は、例外だらけである。
想定外。
前例がない。
条件が不足。
時間が足りない。
それらを調整し、判断し、何とか進めるのが“仕事”だ。
にもかかわらず、例外を許さない職場ではどうなるか。
判断を止める。
確認を回す。
責任を避ける。
「ルールにないので出来ません」と、
この一言で仕事は簡単に止まる。
例外を許さない組織は、公平性を守っているのではない。
判断を放棄しているだけだ。
そして気付かぬうちに、現場は動かなくなる。
“前に進める人間”から静かに去っていく。
例外を扱えない職場は、変化に対応できない。
変化に対応できない組織は、いずれ止まる。
例外が出た瞬間、業務が止まる
現場では、ルール通りに進まない状況が日常的に発生する。
顧客の要望が標準フォーマットに当てはまらない。
必要な書類が揃わない。
担当者が不在で承認が取れない。
こうした想定外は、業務の中では珍しいことではない。
しかし、例外が発生した途端、現場の動きは止まる。
判断は保留され、
上への確認が増え、
結論は出ない。
「ルールにないから進められない」という理由で、業務は停滞する。
やがて現場は、例外に直面することを避けるようになる。
待つ。
先送りする。
別の案件を優先する。
例外を扱わないことが、最も安全な選択肢になっていく。
業務が止まるのは、ルールが厳格だからではない。
例外が発生した際に、何が起きるかが問題なのである。
判断を避けるために、例外を排除している
例外を認めない運用は、一見すると公平で秩序があるように見える。
全員に同じルールを適用することで、不公平が生まれず、説明もしやすい。
しかしその背後には、別の構造が存在している。
例外を扱うということは、判断を伴う行為である。
判断には責任が伴い、責任には権限が必要になる。
ところが多くの組織では、この権限が現場に与えられていない。
判断の責任だけが現場に残り、権限は上位に留保される。
この設計の下では、例外を扱うことはリスクになる。
判断を誤れば責任を問われるが、判断を避ければ責任は発生しない。
ルールに従っている限り、説明は可能であり、批判も受けにくい。
結果として、例外を排除することが合理的な選択になる。
それは判断を避け、責任を回避するための手段である。
公平性を守るためではなく、判断という行為そのものを組織から排除するために、例外は認められない。
この構造は、現場の能力や意欲とは無関係に機能する。
判断を下す権限がない以上、
どれほど経験があっても、
状況を理解していても、
現場は動けない。
例外を扱えないのは、人の問題ではなく、設計の帰結である。
変化に対応できず、組織は止まる
現場は本来、変化と想定外の連続である。
顧客の状況は変わり、環境は動き、予測できない事態は常に発生する。
例外を処理できない組織は、この変化に対応できない。
環境が変わっても、
顧客の要望が変わっても、
状況が変わっても、
ルールにないものは扱えない。
判断ができない状態が続くことで、組織の動きは鈍くなり、やがて完全に止まる。
公平性を守るために例外を排除した結果、組織は判断力と対応力を失った。
それは秩序の維持ではなく、停滞を選んだ結果である。
今日の一文
『判断を失った職場は、いずれ停止する』
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