「あの人しかできないから」
職場でこの言葉を聞いたことはないだろうか。
あるいは、自分が言われたことはないだろうか。
一見すると、それは評価の言葉に聞こえる。
頼られている。必要とされている。そう感じる人も多いだろう。
だが、その言葉が常態化している職場は、すでに危険な段階を越えている。
業務は共有されていない。
引き継ぎは存在しない。
仕組みではなく、人で回している。
誰かが休めば止まり、
誰かが辞めれば崩れ、
誰かが倒れれば終わる。
それでも会社は言う。
「今は忙しいから仕方ない」
「現場が回っているから問題ない」と。
だが、その“回っている”は、誰か一人の消耗の上に成り立っているだけだ。
「あの人しかできない」は、称賛ではない。
それは、組織が静かに破滅へ向かっている合図である。
「あの人しかできない」で現場が成り立っている
特定の人に業務が集中している現場がある。
判断も対応も、その人を通じて行われる。
その人がいる間、仕事は表面上問題なく進む。
周囲は安心し、任せきりになる。
全体像を把握する必要がなくなり、学ぶ機会も失われる。
本人は責任を抱え込み、
断れなくなる。
休めなくなる。
それでも仕事は回り続ける。
依存が深まり、集中が加速する。
「あの人しかできない」という言葉が、日常的に使われるようになる。
それは評価のように響くが、実際には依存の表明である。
現場は安定しているように見える。
しかし、その安定は一人の存在によってのみ支えられている。
仕組みではなく、人が現場を成り立たせている。
仕事が仕組みではなく、人に紐づいている
業務が特定の人に集中するのは、その人の能力や献身の結果ではない。
仕事が仕組みとして設計されていないからである。
判断の基準が明文化されておらず、責任の所在が曖昧であり、権限が適切に配分されていない。
業務の全体像が共有されず、手順が標準化されていない。
引き継ぎの設計がなく、記録が残されない。
このような状態では、仕事は必然的に「できる人」に集まる。
その人が判断し、対応し、調整する。
周囲はそれを見て、その人に任せることが合理的だと判断する。
組織はその状態を放置する。
なぜなら、表面上は問題なく機能しているからである。
しかし、仕事が人に紐づいている状態は、組織として極めて脆い。
一人に依存することで、組織全体が判断する力を失う。
共有されない知識は、その人の中にのみ存在する。
引き継がれない経験は、その人と共に消える。
「あの人しかできない」という状態は、仕組みの不在を示している。
それは組織が設計を放棄し、一人の負担によって成立している証拠である。
一人が抜けた瞬間、組織は崩れる
異動、退職、休職。
避けられない変化が起きた瞬間、業務は停止する。
引き継ぎは成立しない。
仕事の全体像が分からず、
判断ができず、
トラブルに対応できない。
組織はその時になって初めて、依存の深刻さに気付く。
しかし、失われた知識や判断は簡単には戻らない。
積み重ねられた経験も、
暗黙の基準も、
その人と共に去る。
「あの人しかできない」は強みではない。
それは、組織が破滅に向かっていることを示す警告音である。
今日の一文
『個人への依存は、未来の選択肢を狭める』
コメント