誰が決めるのか分からない。
誰の指示に従えばいいのか分からない。
決まったとしても、誰が責任を負うのか分からない。
こうした状態に心当たりはないだろうか。
組織には本来、指揮系統がある。
判断を下す人間がいて、その判断が現場に届く。
そして結果に対して、責任を負う人間が明確に存在する。
この流れがあって、初めて組織は動く。
だが指揮系統が壊れた組織では、この当たり前が機能しない。
判断は複数の会議を回り、責任は曖昧になり、指示は現場に届かなくなる。
現場は迷う。
誰の判断を優先すべきか分からず、動けなくなる。
その結果、「とりあえず様子を見る」「前例を待つ」という選択が常態化する。
これは慎重さではない。
指揮系統が機能していないだけだ。
指揮系統を失った組織は、判断を下せない。
判断を下せない組織は、動けない。
戦いの前提条件が、すでに失われている。
決まらない、伝わらない、動けない
誰が決めるのかが分からない。
会議では意見が出るが、それが決定なのか提案なのか確認なのかが曖昧なまま終わる。
上からの指示は途中で変わり、現場はその都度動きを止める。
最終的に誰の判断で動いているのかが見えないまま、時間だけが経過していく。
確認のための会議が増える。
それぞれの部署が別々の判断を示し、調整という名目で先送りが繰り返される。
慎重さを装っているが、実際には誰も決定を下していない。
決めないことで責任を回避し、判断を他者に委ねようとする空気が支配する。
結果として、現場は動けなくなる。
何をすべきかが明確でないため、
判断を避け、
指示を待ち、
責任を負わない姿勢が定着する。
行動は停滞し、組織全体が硬直していく。
判断・伝達・責任が分断されている
この現象は、判断と責任が構造的に分断されているために起きる。
本来、組織が機能するためには、
判断する権限を持つ者が明確であり、
その判断が指示として伝達され、
結果に対する責任が一貫して帰属する必要がある。
この三つが一本の流れとしてつながっていることが前提である。
しかし、その前提が崩れると、判断する者と責任を負う者が別になり、指示を出す者と実行する者の間に齟齬が生まれる。
権限の所在が曖昧なまま設計された組織では、誰が最終的な判断者であるかが不明瞭になり、複数の判断が並列し、矛盾したまま現場に降りてくる。
この状態では、判断を下すことが責任を負うことと直結しないため、誰も決定を避けるようになる。
合理的に見えても、それは単に構造上、誰も最終的な判断を下せないだけである。
会議が増えるのは慎重だからではなく、判断の主体が不在だからである。
指揮系統が成立していない組織では、判断・伝達・責任が断片化し、どこにも帰着しない。
それは個人の能力や意欲の問題ではなく、組織の設計が判断を不可能にしているという構造の問題である。
戦えない組織になる
判断が遅れ続ける組織は、機会を逃し続ける。
リスクへの対応は後手に回り、現場の信頼は失われていく。
指示が曖昧であれば、現場は指示を待つか、あるいは勝手に判断するようになる。
どちらの場合も、組織としての一体感は消える。
指揮系統が壊れた組織は、
判断できず、
行動できず、
修正もできない。
それは戦略以前の問題である。
どれほど優れた計画を立てても、判断が下せなければ実行されない。
どれほど有能な人材がいても、指示が届かなければ動けない。
その組織は、戦う以前の段階で敗北している。
今日の一文
『指揮の乱れは、組織の崩壊』
コメント